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2005年10月18日 (火)

関学九条の会

 いよいよ関学九条の会を立ち上げることになりました。遅いぞ(;-_-+とのお叱りの向きもありましょうが…まだまだ国民投票の投票箱の蓋が閉まるまでには十分時間がありますから…遅ればせながら、頑張っていきましょう!!

 自民党が新憲法草案を発表。小泉与党が衆議院の2/3の議席を獲得。野党民主党党首にも9条改憲派の前原氏が就任。国会では憲法問題特別委員会が新設され国民投票法案の検討が始まるなどなど。憲法改訂、とりわけ9条2項を廃棄し、アメリカとの集団的自衛権の行使を可能にするための9条改訂の動きが加速しようとしていますが、国会で2/3の議席があろうがなかろうが、最後は国民投票で過半数を獲らなきゃならないんだから、改憲派にとってもまだまだハードルは高いはずです。

 ちなみに今回の衆議院総選挙。「郵政民営化の是非を問う国民投票だ」などと小泉ライオンハート首相(←古っ)はのたまわっておりました。確かに小選挙区制度のマッジクで、小泉与党は2/3の議席を独占しましたが、もし国民投票なら僅差で負けていたのです。与党の総得票率は50%を切ってるわけですから…。もちろん事はそう単純ではないけれど…。

 だから、まだまだ勝負はこれからってことです。全国に広がる九条の会の運動が力になるはずです。

 関学九条の会の立ち上げのシンポジウムは、来る12月9日の午後5時から関西学院大学上ヶ原キャンパスのB号館で開催します。パネリストには、「朝まで生テレビ」などTVでも武装護憲の論陣を張っている本学教員、熱血護憲弁護士でもある本学ロースクール教員、および関学らしく護憲派クリスチャンの本学教員が登壇の予定です。

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コメント

アッラーもメシアも仏陀様よりも九条様は偉大なのですね。
がんばって「憲法九条」を「世界宗教」にしてください。
その過程で、きっと「殉教者」もたくさん出るとおもいますが(藁

投稿: 朝日強制読者 | 2005年10月23日 (日) 20時13分

 朝日ナントカという輩は、揚げ足取りするよりも、自らが宗教の定義を行うべきではなかろうか?

投稿: 限界ハゲ | 2005年10月27日 (木) 07時40分

丸山真男について調べていてこのHPおよびブログに行き当たりました。富田先生の丸山論を読んで教えられるところが多く、また関学9条の会を立ち上げられたこと、尊敬します。質問があるのですが、丸山が『日本の思想』の中で、明治憲法の「欽定」以来、この国で「憲法制定権力」の所在が問題とされることはなかった、と書いていたように思います。今回の改憲の動きの中で、もう一度「憲法制定権力」とはなにか、またそれはどこにあり、「改正」案を起草する主体はどのように選ばれるべきか、という議論を提起することはできないのでしょうか。われわれは「国民投票」を待つことしかできないのでしょうか。不勉強で、どこかでこうしたことが議論されているのでしたらお教えください。

投稿: Y&Y | 2005年10月28日 (金) 13時40分

12月9日の立ち上げシンポジウムは、学外者も参加できますか?

投稿: 森卓司 | 2005年10月29日 (土) 15時28分

森さん
 もちろん学外からの参加も歓迎です。よろしかったら是非御参加ください。


Y&Yさん
 憲法制定権力は主権者たる国民が持っているということになるのでしょうが、ただそれが国民投票において賛否を問われるという受動的なものに留まってよいのかということですね。
 起草段階からより積極的な国民の参加が保障されて然るべきであり、そうであってこそ主権者としての国民の主体性がより強固なものになるのではないかという問題だと思います。
 抽象的にはそういうことになるのでしょうが、具体的には、起草過程から国民参加をどう保障するのかというのは、なかなか難しい問題だと思います。
 ただ、現行の憲法の規定にしたがって、国会が2/3の多数で憲法改定を発議するとした時、たとえば郵政民営化を争点として選挙された現国会が、そのまま憲法改定の発議の主体になってよいのかという疑問はありますよね。
 少なくとも各候補、現実的には各政党が、憲法草案や現行憲法への意見を明確に提示した上で、それを争点とした選挙が実施され、国民の憲法に対する意思を代表する国会(実質的な憲法制定議会)を構成したうえで、はじめて憲法改定の国会審議が開始されて然るべきだろうと僕は思います。
 もちろん法律上は、こうした手続きは要求されていませんが、国民主権の立場からすれば、主権者たる国民がこうした当然の手続きを踏むように声をあげるべきだと思います。
 ですから、まだまだやるべきことはいっぱいあるのではないでしょうか?逆にいえば、改憲へのハードルは決して低くはないのだと僕は思っています。
 こうした問題をめぐって、どんな議論がなされているのか?ということですが、正直、僕もわかりません。
 関学9条の会のメーリングリストで憲法の専門家に質問してみようと思います。

投稿: 冨田宏治 | 2005年10月29日 (土) 17時06分

Y&Yさん
 「憲法制定権力」の問題を、我が関学九条の会のメーリングリストに提起してみたところ、憲法の教員のみなさんから、たくさんのご返事をいただきました。
 どうも非常に難しく且面白い問題であることがわかりました。ここで簡単に紹介する余裕も能力もありませんので、それはやめておきます。
 ただ、近々関学九条の会のHPが立ち上がりそうで、その中で、Y&Yさんの問題提起を受けての、関学九条の会メンバーの議論を紹介できることになるのではないかと思います。
 そのあかつきには、当ブロクからもリンクをはりたいと思いますので、それをご覧になっていただければと思います。乞うご期待!!

投稿: 冨田宏治 | 2005年10月31日 (月) 17時29分

>朝日強制読者さま
 はじめまして、朝日強制読者様のご意見では、憲法9条は
宗教上の理想よりも偉大だ、という意味で申し上げていらっしゃる
のでしょうか。それはまず第一に憲法は当然に絶対的ではないという面が
あるのと同時に、ではその憲法の上には何があるのかといえば、
人間の基本的人権としての平和的生存権があるということがあると
思います。その平和的生存権は何も日本人に限らず、本来は世界の誰でもが
持っている権利であるのは、国連憲章など明文化されたものに限らず、
ようは「国が勝手に起こした戦争で生命を危険にさらされない権利」という
ものです。

 また、これは誤解があるのですが、憲法前文から憲法9条が
唱えているのは、「非暴力平和主義」ではなく、「積極的非暴力平和主義」
という点があります。これの違いは、「非暴力平和主義」は文字通りの
「ほおっておいて攻められたら暴力を振るわない」ということですが、
「積極的非暴力平和主義」は、「そもそもの戦争の原因である貧困や
民族対立、国境紛争などに関して、日本が国際社会にその解決を積極的に
リーダーとして求めていくことで、戦争がそもそも起きない世界を目指す」
というものです。

 これを理想主義だと笑うことは簡単ですが、安全保障の問題は必ずしも
軍事的方法に限らない、ということは、決して無力な意味のない考えでは
ありません。そして9条を堅持する方としても、自衛隊を即解体するべきだ
ということを言っている方はいないと思います。小泉首相は9条論争を
「神学論争だ」として切り捨てましたが、その「神学論争」としての9条こそ、
日本の平和主義、文民統制、戦争の防止に役に立つ、決して意味のない議論では
ないものではないでしょうか。その点については朝日強制読者さんはどう思われますか?

参考に個人的意見を挙げさせて頂きます

憲法改正論批判
http://www.geocities.jp/utopian20c/essay/200601252.html

投稿: ゆうと | 2006年2月 5日 (日) 04時01分

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