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2009年1月 3日 (土)

「転向」の季節に…

「潮目が変わった」と書きました。

「潮目の変化」が起こるとそれを機敏に察知して、そこここで「転向」という現象が繰り広げられます。時には公然と…時には暗黙のうちに…。それは日本のインテレクチュアル・ヒストリーにおいて、あまりにも見慣れたおなじみの光景なのかもしれません。

お正月の暇つぶしに、ある経済学者の「転向宣言」とも言うべき著作を読みました。昨年末に出版された中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社)です。

ハーバード大学で経済学博士(Ph.Dをこう自称しておられるようですが…)を取得。小渕内閣の経済戦略会議議長代理として「小泉構造改革」を実質的に準備した人物。竹中平蔵氏と並ぶ新自由主義=市場原理主義的「改革派」の旗手と目されてきた人でした。

「アメリカかぶれ」の市場原理主義者から、歴史伝統・文化伝統に根差した「日本再生」の提唱者へ。「自然との共生」「正直さと長期的な信頼関係」といった日本的価値観の世界への発信を唱えるに至った中谷氏の「転向」は、ある意味、日本のインテレクチュアル・ヒストリーにしばしば現れる「転向」の典型といってもいいのかもしれません。

それにしても中谷氏の「転向」の機を見て敏なる軽やかさは何なのでしょう?カール・ポランニーの『大転換』に依拠した「資本主義批判」にしても、中西輝政氏の議論に依拠した「アメリカ批判」にしても、安田喜憲氏に依拠した「一神教批判」にしても、さらには河合隼雄氏に依拠した「日本文化論」にしても、それはあまりにも軽佻浮薄にすぎるという印象を拭い去れません。

「自戒の書」であり「懺悔の書」であるという中谷氏の言にもかかわらず、そこには新自由主義=市場原理主義への真摯な思想的・理論的・学問的格闘があったようには見えません。なにせ今更ながらの『大転換』(1944年)なのですから。もっともハーバード育ちの中谷氏自身には、ポランニーのこの古典的名著との「初めて」の出会いは、「目からウロコ」だったのかもしれませんが…。それにしてもそんな付け焼刃の議論を世に問う軽薄さには感服するしかありません。

ハーバードの経済学博士の「学識」とはこの程度のものだったのでしょうか?「小泉構造改革」と呼ばれた日本の新自由主義的=市場原理主義的「改革」はこの程度の「知性」によって唱導されてきたのでしょうか?しかし彼らが唱導した「改革」のもたらしたものの大きさを考えたら、その「責任」はこの程度の「懺悔」で贖われるなどとは到底思われません。

しかしこの「軽やかさ」こそ、日本のインテレクチュアル・ヒストリーにおける「転向」の特質にほかならないのかもしれません。

敗戦後の日本で進む「主義の変更」が内面を傷つけることなくいとも容易に行われていくことに、『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトは驚いたといいます。丸山眞男は「開かれている精神」と「開けた精神」=「閉じた精神」という概念を用いて、このあたりの事情を分析しようとしました(拙稿「第四の『開国』と『開かれている精神』」参照)。

それでもまだ、公然と「転向」を宣言している分、中谷氏は「誠実」なのかもしれません。巷には、とりわけメディアの世界には、自らの過去の言動についていささかの反省もなく、さっさと隠然たる「転向」を遂げ、それをなんら恥じることのない「言論人」が山ほどいるのですから…。

いずれにせよ、「潮目は変わった」のであり、「転向」の季節がまたぞろ始まりました。

なぜこのような「転向」のあり方がくり返されるのか?中谷氏が誇らしげに依拠しようとする「自然との共生」とか「正直さと長期的信頼関係」とかいったもの以上に、こうした軽やかな「転向」がくり返されることの方にこそ、日本の「歴史伝統」「文化伝統」なるものが顕われているのかもしれません。

中谷氏が真摯に向き合うべきなのは、自らを「アメリカかぶれ」にし、いまや日本的価値なるものの唱道者に軽やかに「転向」させた、自分自身に潜む「日本的なるもの」だったのではないでしょうか?

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